MCRにちょくちょく顔を出すようになってからしばらくしたある日。
「サーキット行くけど行く?」と小林社長に誘われました。
仙台ハイランドと未体験のサーキットでしたが、面白そうなので参加する事にしました。
その時行ったのがオートランド山形さん主催の東北NO.1決定戦でした。
そこで小林社長が同乗してくれサーキットを数周・・・。
ブレーキのかけ方が凄い!それしか考えられませんでした。
そしてピットに戻り小林社長にお礼を言ったその時、
「これで本当に筑波4秒出ているの??」
と小林社長から妙なことを聞かれました。
「間違いないです、嘘じゃないです!」
と社長に告げると
「4駆が壊れてるよ、2駆だよこれ・・・。」
「はぁ・・・???」
(その時は半信半疑でしたが、後日MCRで修理をお願いしてその劇的な変化に驚いた訳ですが・・・)
とその日の初走行のタイムは8秒台だったと思います(w
そして32のトラブルが出ている箇所を直し、若干の仕様変更を加えて筑波に。
そこでなんと越えられなかった4秒の壁をあっさり越えてしまいました。
それからはまた楽しくて仕方ない日々の始まりでした。
月に2回は筑波に行ってましたね(w
行く度にタイムアップするのが楽しくて楽しくて・・・。
そんなに時間もかからずに2秒台前半に突入しました。
そしてちょうどその頃自分の中で微かに芽生えたものがありました。
筑波で誰にも負けたくない。
その時はまだ夢というか漠然としたものでしかなかったのですが・・・。
そして筑波でのタイムも当時としては結構良いところまで出るようになり
1秒後半まで出るようになりました。
しかし更なるタイムアップを望んでいたのですが、
さすがに車のポテンシャル的に厳しいと思うようになり始めたのもこの頃でした。
その頃から今後の仕様を色々と模索してました。
エンジンの更なるパワーアップ等の大幅な変更、
エアコンを取り外すなど大幅な軽量化も必要だと感じていました。
そんな時に小林社長から
デモカーの33GT−Rを買わないか?
というびっくりするような話をもらいました。
昔筑波で見かけたときはすさまじいオーラを放っていました。
そんな33を遠くから眺めていたことを思い出します。
そんな33GT−Rに僕が乗れる!!
32で行くか?新たに33で行くか?迷いました。
当時このMCR33GT−Rは筑波でも59秒台を記録していて
性能はお墨付きでした。
でも今まで一緒に頑張ってきた32とこれからも走りたい・・・。
しかし32を買いたいという人も現れたのでこれは運命だ!
思いきって乗り換えることにしました。
